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大阪高等裁判所 平成5年(う)1076号 判決 1994年4月21日

主文

本件各控訴を棄却する。

被告人両名に対し、当審における未決勾留日数中各一〇〇日を、原判決のそれぞれの刑に算入する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人Aの弁護人脇山拓作成の控訴趣意書、被告人Bの弁護人須田滋及び同被告人作成の各控訴趣意書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一  被告人Aの弁護人脇山拓の控訴趣意一(訴訟手続の法令違反の主張)について

論旨は、本件公訴事実中強盗致傷被告事件について被告人両名は利害が相反しているのに、原審が一人の国選弁護人をして被告人両名の弁護をさせて判決をしたことは、刑訴規則二九条二項に違反し、被告人の弁護人選任権を侵害するものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、本件強盗致傷被告事件は被告人両名が共犯として同一起訴状によつて起訴され、被告人両名に対する各窃盗被告事件と併合して審理されたものであるが、原審が一人の国選弁護人をして被告人両名の弁護をさせて判決をしたことは所論のとおりである。しかして、本件強盗致傷被告事件は被告人両名が自動車で走行中共謀して女性の通行人のショルダーバッグをひつたくり取る際に発生した事犯で、被告人両名及び弁護人は原審第六回公判における同被告事件に対する陳述に際して「事実はそのとおり間違いありません。」と述べて公訴事実を全面的に認めているところ、所論は、被告人Aが第六回公判で、ショルダーバッグをひつたくろうとした際に被害者を引きずつた理由につき、被告人Bからひつたくりのやり方を教えられた際に鞄をつかんだら手を離すなと指示されていたためであると供述し、一方、被告人Bが第七回公判でこれを否定する供述をしていることを捉え、被告人両名の間には情状に関する事実の点で重大な食い違いがあり、利害が相反すると主張するのである。しかしながら、刑訴規則二九条二項にいわゆる利害の相反があるか否かは、公訴事実はもちろんのこと、事件の内容及びその他一切の事情を参酌して検討されるべきものであるところ、本件のように自動車を利用したひつたくりは、場合によつて相手の身体を引きずるなどの危害を招くおそれがあることは十分に予想されるところであり、しかも、現に被害者を引きずつた被告人Aにとつて強盗致傷罪が成立することは関係証拠によつて明らかなのであるから、被告人Aが被告人Bから前記のごとき指示を受けていたかどうかは、本件の罪責にそれほど影響のある争点とはいえず、仮にその争点が被告人Bが供述するように否定されたとしても、被告人Aの犯情の程度を特に重く見なければならない争点であるとは認め難く、逆に、これが被告人Aの言い分のとおり肯定されたとしても、本件においては、その犯罪事実の内容や他の諸情状に照らし、被告人Aの刑責を特に減じなければならないほどの争点であるとはいい難いところである。また、これを被告人Bの側から考えても、後にも触れるとおり(第二点)、その争点が肯定されるか否定されるかによつて、強盗致傷罪の成否が左右されるわけでないことはもとより、本件犯行の経緯や状況などにかんがみると、その争点を殊更に取り上げて被告人Bの犯情の程度を考慮しなければならないほどの事情でもないのである。そうしてみると、被告人両名において所論指摘の点で利害の相反があるとはいまだ認め難く、一人の国選弁護人をして被告人両名の弁護を行わせた原審の訴訟手続には、刑訴規則二九条二項に違反する違法があるとはいえない。論旨は理由がない。

第二  被告人Bの弁護人須田滋及び同被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、原判示第八の事実について、被告人Bには自己の運転する自動車の走行を利用して被告人Aがショルダーバッグごと被害者の身体を引きずつていることの認識がなかつたから、強盗の犯意も共謀もなく、原判決が強盗致傷罪の成立を認めたのは事実誤認である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調の結果をも参酌して検討するに、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人両名は通行人から金品をひつたくり取ることを企て、被告人Bが普通乗用自動車を運転し、助手席に被告人Aが乗つて、ひつたくりの相手を物色中、ショルダーバッグを肩に掛けて歩行中のC子(当時三二歳)を認めるや、その背後から接近し、被告人Aが車内から両手を伸ばして同女が右肩に掛けていたショルダーバッグをつかんでひつたくろうとしたものの、同女がその紐を右脇に挟み込むようにしてこれを放さなかつたため、紐ごと同女の身体を引きずる結果となつてザラザラと音を立てるに至つたが、被告人Aがなおもショルダーバッグを奪取すべく力一杯引つ張つたこと、一方被告人Bは、これまで被告人Aと行なつてきたひつたくりの場合、被告人Aがバッグを奪うと必ずといつてよいほど「取れた。」と合図を発するのに、その合図がないことから、車のアクセルを強く踏んで時速約四〇キロメートルに加速し、その後ザラザラという音を聞きながら更に走行を続け、最初にひつたくりを企てた地点から約四〇メートル進んだところで、被告人Aが「取れた。」と言つたのを聞き、ショルダーバッグの奪取に成功したことを知つたことが認められる。右の事実関係によれば、被告人Bは、ザラザラという音を聞いた段階で、被害者がショルダーバッグを容易に離さないため、被告人Aと被害者がショルダーバッグの引つ張り合いをし、被害者の身体を引きずつている状況にあることを察知しながら、ショルダーバッグを奪取するためなおも走行を続けたことを認めるに十分である。これを否定する被告人Bの原審及び当審公判廷における供述は、同被告人が捜査段階でザラザラという音を聞いたと一貫して述べている(同被告人の警察官調書中に所論の言うようにザラザラという音を聞いていないとする供述部分は存在しない。)ことなどに徴し、信用できない。しかして、自動車の走行を利用して被害者の身体を引きずる行為がその抵抗を抑圧するに足りる暴行に当たることはいうまでもないから、被告人Bは被害者の身体を引きずつていることを認識した時点で、強盗の犯意を生じ、かつ、被告人Aとの間で暗黙のうちに強盗の共謀が成立したというべきである。所論は、被告人Bにおいて、被告人Aの供述するようにひつたくりをする相手の鞄をつかんだら手を離すなと指示していた事実がないことをもつて、被告人Bに強盗の犯意も共謀もなかつたことの証左の一つに挙げるが、そのような指示があつたか否かによつて被告人Bの犯意及び共謀の有無が左右されるものでないことは明らかである。そのほか、所論にかんがみ検討しても、右の判断に変わるところはない(なお、被告人Bの所論中には、警察官は逮捕時に本件を窃盗事件として扱つていたのに、その後検察官が強盗致傷事件として起訴したのは不当な意図に基づくものである旨を主張する部分があるが、記録によれば、被告人Bが本件の捜査の当初から強盗致傷の容疑で逮捕されていたことが明らかであり、また、検察官が所論のような意図で本件公訴を提起したと認めるべき証跡は存しない。)。論旨は理由がない。

第三  被告人Aの弁護人脇山拓の控訴趣意二(量刑不当の主張)並びに被告人Bの弁護人須田滋及び同被告人の控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨はいずれも、それぞれの被告人に対する関係で原判決の量刑は不当に重いので減軽されるべきであるというものである。これに加えて弁護人脇山拓の論旨は、被告人Aの未決勾留日数には被告人Bに対する追起訴待ちの日数が含まれているから、原判決が被告人Aの未決勾留日数のうち被告人Bと同日数の一八〇日しか本刑に算入しなかつたのは不当であるというのである。

調査すると、本件は、被告人らが平成四年六月から同五年一月にかけて、合計三三回(被告人Aが一九回、被告人Bが三三回)にわたり、自動車を利用して通行人からバッグ等をひつたくり、或いはひつたくりに使用する自動車を盗むなどした事案である。被告人らは両名のほか数名を含むひつたくりグループを形成し、犯行に使用する自動車に偽造ナンバープレートを取り付けるなど周到に計画し、大阪府を中心にしてほとんど夜間に、主に女性をねらい日常的にひつたくりを繰り返しており、しかも、同じ時間帯に同一地域で立て続けにひつたくりを敢行するなど大胆なものである。また、被害者らの中にはひつたくられた勢いで路上に転倒したり、身体を引きずられたり、更には転倒して怪我をした者が少なからずいるばかりか、原判示第八のとおり、バッグごと被害者の身体を約四〇メートルも引きずつて全治約一五日間の傷害を負わせる強盗致傷事件にまで発展しているものもあつて、まことに危険で悪質な犯行というほかない。しかも、被告人らがひつたくりを企てたのは遊興費等を得るためであつて、動機に酌量の余地はない。さらに、被害の程度も、何十万、あるいは一〇〇万円を超える大金をひつたくられた被害者がいるなど多額に上つている。こうした犯行の罪質、動機、態様、回数及び被害の状況などの事情のほか、被告人Bにおいては平成三年一一月に窃盗の罪で懲役二年、五年間保護観察付執行猶予に処せられながら、その猶予の期間中にまたも同種の犯行に及んでいることに徴するときは、被告人両名の刑事責任はそれぞれに重大であるといわざるを得ず、被告人両名の年齢や反省の情など所論指摘の事情に加えて、当審で被告人Bが強盗致傷の被害者に対し一〇万円を支払つて示談が成立していることを十分に考慮しても、原判決の量刑(被告人Aにつき懲役六年、被告人Bにつき懲役八年)が重過ぎて不当であるとはいえない。また、本件審理の実質的経過(被告人Bの追起訴事件のみが審理されたのは一開廷だけである。)などに照らすと、原判決の被告人Aに対する未決勾留日数の算入が過少で裁量の範囲を逸脱しているとは認められない。各論旨は理由がない。

(なお、原判決の証拠の標目中、原判示第七の一の事実に挙示する「Dの検察官調書謄本(四七一)」は「Dの警察官調書謄本(四七一)」、原判示第七の二の事実に挙示する「Dの検察官調書謄本(四七二)」は「Dの警察官調書謄本(四七二)」の各誤記と認められる。)

よつて、刑訴法三九六条、刑法二一条、刑訴法一八一条一項但書を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 内匠和彦 裁判官 西田元彦 裁判官 鈴木正義)

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